ヒトの社会は、常に消滅と隣り合わせである。これを死や絶滅を左右する「マクロな極限」とすれば、もう一つ、社会には、日々の生存に関わる社会行動を規定する何某かの変化、すなわち「ミクロな極限」がある。そしてこの両者が常に連関し合いながら社会の在り方を決定づけるのだ。生存・環境・極限―人類社会の進化史的基盤を求めて第1部 生きられる極限―自然と社会のあわい(極限としての"いきおい"―移動する群れの社会性;社会の果てで―現在という極限が生み出す世界 ほか)第2部 作り出される極限1―社会環境と生存(チンパンジーの孤児の生存をめぐって―「母親の不在」は極限的な社会環境か;新入りメスがはぐれるとき―チンパンジーの別れと再会からみたヒトの共存の様態とその「極」 ほか)第3部 作り出される極限2―記憶と想像の力(自民族愛と他民族憎悪のあいだ;人口極限集団の生存戦略―ムボトゥゴトゥ1976年 ほか)第4部 人類進化史に刻まれる極限(極限化する出産と誕生―苦難の隘路の祝福;ヒト的な様態としての調理加工の共同と生存―食が社会にひらかれるとき ほか)ヒトは,たとえ顕示的でないにせよ常に消滅と隣り合わせである。これを死や絶滅を左右する「マクロな極限」とすれば,日々の生存に関わる社会行動を規定する,何某かの変化への気づき,すなわち「ミクロな極限」が社会にはある。この両者が常に連関し合いながら社会の在り方を決定づける。人類社会の進化に迫る学際共同研究の最終形。
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