「こんな素?らしい物語は讀んだ事がない。ああ、こんな作品が書ければよかつた」と、死朞を間近に控へたトマス・マンをして叫ばしめた、ハーマン・メルヴィル最後の傑作『ビリー・バッド』を正統表記の新譯で送る。十八世紀末葉、イギリス海軍の軍艦上で、善良な若き水兵ビリー・バッドが、自らを陷れようとした惡黨の下士官クラッガートを毆り殺すといふ事件が起る。時はフランス大革命から間もないヨーロッパの危機の時代で、「舊世界に于けるほぼ唯一の自由で保守的な?國」たるイギリスに于てすら水兵の叛亂が續發し、國民の心膽を寒からしめてゐた時朞だつた。高潔で有能な海軍軍人たる艦長のヴィアはビリーにいたく同情しつつも、軍刑法に從へば、上官殺害の罪は極刑に値するとて、臨時軍法會議に于てビリーの處刑を?硬に主張する。けれども、メルヴィルによれば、「死刑を宣?すべく主たる役割を果した者の方が、死刑を宣?された者よりも苦しんでゐた」のであつた。さういふヴィアの「?者の苦惱」を描く事によつて、このアメリカ最大の作家は何を訴へようとしたのであらうか。
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