萩尾望都、大島弓子、樹村みのり、山岸凉子、吉田秋生、坂口尚、大友克洋、宮崎駿らさまざまな手法で、まんがの未知の領域へと飛び立っていったまんが家たち―。彼らと同じ視座から出発し、まんがの到達した美しい稜線を、若若しい感性でたどって、まんが評論に新時代を拓いた『黄昏通信』を大幅に増補。あふれる思いのまんが論。〈少年の時間〉の無限化への試み―萩尾望都限りなくノンセンスに近い虚無―倉多江美孤独な子どもの〈場所〉―樹村みのりたたかいの拠点としての〈弱さ〉―山岸凉子夢のなかの日常―大島弓子抒情の変革―大島弓子から真崎守へ世界をぼくのポケットに―真崎守ニューギャグの地平―山上たつひこ以後40歳になっても遊び続けろ―「マカロニほうれん荘」の別世界たのしい同時代―いしいひさいち〈ガロ〉的なるものをめぐって光の匂い、風の色―坂口尚論・未遂バター犬はバッグス・バニーである夢はどんな穴にでもある―「怪人アッカーマン」に捧ぐ「気分はもう戦争」はこう読め!ヒューマニズムとテロル―「風の谷のナウシカ」の歴史意識ムーミン谷の冬あったりまえの少女たちへ真摯な夢追い人―高橋亮子言い出しかねて―吉田秋生"スラン"そして彼らの友だち―森脇真末味「緑茶夢」母と子どもと少女と…―ライトブルーペイジ以後のさべあのま夢みる惑星へ あるいは「ぼくら」もまた夢をみる―佐藤史生70年代グラフィティさよなら子どもの時間―「ぼくら」の少年まんが論青年まんがの栄光と悲惨青年まんがとしての少女まんが少女まんがのゆくえ同人誌はいまどこを飛ぶかまんが評論に何が可能かそして、なぜ「まんが」なのか
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