時は天明、十八世紀後半の江戸。習作に励んでいた喜多川歌麿は、この「狂歌絵本」三部作で名を揚げ、のち大首絵で人気を博し、美人画の大家への道を歩み出すことになる。唐衣橘洲・四方赤良・朱楽菅江らがブームを呼んだ天明狂歌、飛ぶ鳥を落とす勢いの出版プロデューサー・蔦屋重三郎、そこに寄寓し腕を磨く、将来を嘱望された天才絵師―。ここにあるのは才能たちの、幸せな出会いの結晶である。「狂歌絵本」について『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』拡大ギャラリー翻刻(『画本虫撰』;『百千鳥狂歌合』;『潮干のつと』)習作期の新進絵師・喜多川歌麿、ブームを経て定着していた「天明狂歌」、そこに目を付けた新興版元・蔦屋重三郎。これらを組み合わせたら――こうして生まれた「狂歌絵本」のうち、『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』の「歌麿三部作」を翻刻。美人絵の代名詞・歌麿の描く「虫・鳥・貝」と唐衣橘洲ら「狂歌三大人」を初めとする狂歌のコラボが、得体の知れない迫力を生む。時は天明、寛政の改革前の江戸。まだ習作に励み画力を磨いていた新進気鋭の絵師・喜多川歌麿。一方文人たちの遊びか本気かの試みが大成功、すっかり江戸に定着していた「天明狂歌」。そこに遊び心か商魂か、目を付けた新興版元・蔦屋重三郎。これらを組みあわせたら――江戸中期のコラボ企画「狂歌絵本」はこうして生まれる。本書はそのうち歌麿三部作と呼ばれる『画本虫撰』(えほんむしえらみ、1788)、『百千鳥狂歌合』(ももちどりきょうかあわせ、1789)、『潮干のつと』(しおひのつと、同)を選書サイズで翻刻。美人絵の代名詞・歌麿の描く「虫・鳥・貝」は、大胆な筆致と実験的な印刷技術により、美しくも得体の知れない迫力を生み出している。唐衣橘洲・四方赤良・朱楽菅江「狂歌三大人」
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