ちょっと変わった人たちだけど、みんな個性豊かなホマラニスト。言語・宗教・民族・国家の違いを認め合うために!今こそエスペラントを!第1章 エスペラントの創造者ザメンホフとは第2章 エスペラントは日本へどう伝わったか第3章 中国とのエスペラント交流第4章 中国で闘う長谷川テル第5章 彷徨える理想主義者 由比忠之進第6章 清貧な理想主義者 伊東三郎第7章 アナーキスト 山鹿泰治第8章 「小日本」に抵抗したカリスマ 出口王仁三郎第9章 大勢に抗して闘う斎藤秀一終章 なぜ、エスペラントは普及しないのか!?世界中の人びとが使い易く覚えやすい国際共通語として、エスペラントは1887年に発表された。19世紀の各民族が入り乱れる混沌とした世界情勢の中で、言語的・文化的に中立な共通語が広まることで相互理解が進み、平穏がもたらされる、と創案者であるザメンホフは考えたのである。そのようにして誕生したエスペラントは、根底に平和と協調の思想が存在しており、日本では反戦主義者やアナーキストが受容と普及に努めてきた。日本のエスペランティストたちは、売国奴と蔑まれながら大日本帝国の侵略戦争を批判し続けた長谷川テルやベトナム戦争に抗議して官邸前で焼身自殺した由比忠之進のように、時流や権力に苛烈に反抗してきたのである。急速なグローバル化が反転して「自国ファースト」が叫ばれる現在こそ、エスペラントの思想が必要となっている。あまりにも早すぎたザメンホフの人類人主義の精神に、ついに時代が追いついてきたのである。言語・宗教・民族・国家の違いを認め合うために――今こそエスペラントを!ちょっと変わった人たちだけど、個性豊かなホマラニスト。日本エスペランティストたちの闘争列伝。
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