鴎外描く安井夫人佐代はひたむきに夫の息軒を愛して居り、夫を敬し仕える事だけが生き甲斐だった。その息軒は「攘夷封港論をした」り、「藩政が気に入らぬので辞職した」りしたが佐代自身が「辺務」即ち国家国防のあるべき姿などを決して談じる事はなかった。それは佐代が世情に関心を持たぬ「愚か」であった故なのか。抑、「世情に明るい事」が「賢者」の証なのか。同じように漱石は「坊っちゃん」を書いて、その中で「近代思想」とは無縁の「封建時代の主従」のような関係を主人公と彼に対して無私滅私の忠義を尽くす「清」に据えた。カズオ・イシグロの名作「日の名残り」のダーリントン卿に対する執事スティーブンスの忠誠心を対比しつつ近代思想が齎らした「賢愚」の意味を探る。カズオ・イシグロ論―「老耄した過去」の救済と「日の名残り」鴎外と漱石―昧者としての津下四郎左衛門と白井道也心頭姑く用と無用とを度外に置けず―二葉亭四迷論 近代政治主義と和魂「ふらんす物語」と幕末遣米使節―醜業婦アアマとパナマ運河建設鴎荘主人と執事スティーブンス―森鴎外、ロイヤリティと見切りの思想「非人情の天地」の逍遙者―隠者達の「別乾坤」憧憬カズオ・イシグロの名作「日の名残り」のダーリントン卿に対する執事の忠誠心を対比しつつ、近代思想が齎らした「賢愚」の意味を探る。「カズオ・イシグロ論」から「「非人情の天地」の逍遙者」までを収録。
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